『易経』の「聖人南面而聴天下、嚮明而治」より。
「聖人南面して天下を聴き、明に嚮いて治む」というこの言葉は、過去の改元の際に江戸時代だけで8回、計10回候補として勘案されているが、通算にして11度目にして採用された。同時に一世一元の詔も併せて出され、在位中の改元は行わないものとした。
前越前藩主松平慶永らが勘案した文面を籤としたものから、明治天皇自らが宮中賢所にて抽選したものだとされている。