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天皇-皇室の姓氏について調べるならランキング★モンスターで簡単チェック!!
1.称号
1.5.皇室の姓氏

天皇や皇族は氏姓および苗字を持たないとされる。宮家の当主が有する「○○宮」の称号は、宮家の当主個人の称号とされており、苗字には当たらない。古代日本において、氏姓、すなわちウジ名とカバネは天皇が臣下へ賜与するものと位置づけられていた(→氏姓制度)。天皇は、氏姓を与える超越的な地位にあり、天皇に氏姓を与える上位の存在がなかったため、天皇は氏姓を持たなかったのである。このことは、東アジア世界において他に類を見ない非常に独特なものである。このことは、古代より現在に至るまで、王朝が変わったことはないとの建前が採られていたことによる。

しかし、ウジ・カバネが制度化される以前の大王家(天皇家の前身)は、姓を有していたとする説もある。5世紀倭の五王が、倭讃、倭済などと称したことが『宋書』倭国伝ないし文帝紀などに見え、当時の倭国王が「倭」姓を称していたことがわかる。このことから、との冊封関係を結ぶ上で、ヤマト王権の王が姓を称する必要があったのだと考えられている<ref>吉田孝 『日本の誕生』 岩波書店<岩波新書>、1997、ISBN 4004305101。吉村武彦 「倭の五王の時代」 『古代史の基礎知識』 角川書店<角川選書>、2005、ISBN 4047033731など。</ref>。

また、『隋書』倭国伝に倭国王の姓を「阿毎」(あま、あめ)とする記述があり、7世紀初頭まで大王家が姓を有していたとする説もあるが、中国風の一字姓でないことから「阿毎」は姓でないとする説もある<ref>吉田前掲。</ref>。大王家の「倭」姓は、中国の冊封体制から離脱した5世紀末ないし、氏姓制度の形成が進んだ5世紀末から6世紀前半までの間に放棄されたとする説も提出されている<ref>吉村前掲。</ref>。

吉田孝は、倭国が5世紀末に中国の冊封体制から離脱し、7世紀初頭の推古朝でも倭国王に冊封されなかったことが、大王=天皇が姓を持たず「姓」制度を超越し続けたことにつながったとしている<ref>吉田前掲。</ref>。

(出典:Wikipedia)

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