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太平洋戦争(大東亜戦争)後、昭和27年(1952年)まで連合国軍の軍事占領下に置かれたが、連合国軍最高司令官総司令部GHQ/SCAPの軍政は布かれず、直接的な統治は沖縄・奄美諸島・トカラ列島の下7島・歯舞群島・千島列島・樺太・小笠原諸島を除き日本政府が行なう間接統治が行なわれた。連合国軍最高司令官総司令部はプレスコードと称される言論統制・検閲などを通じて軍国主義・反米感情を統御した。沖縄・小笠原諸島ではアメリカ合衆国の軍政が布かれた。
昭和21年(1946年)に公布された日本国憲法は大日本帝国憲法の改正という形で成立したが、その成立過程にはGHQが深く関与した。その内容は、主権は国民に存するとした「国民主権(主権在民)」、法の下の平等及び自由権・社会権・参政権・国務請求権などの権利を保障する「基本的人権の尊重」、戦争を放棄し、国際紛争を武力や武力による威嚇によって解決しない「平和主義」を三大原則とした。このため現在日本では徴兵制度は憲法違反として実施されない。また、天皇を日本国および日本国民統合の象徴として、天皇の国政への関与は禁じられた。
またGHQの主導により農地改革、財閥解体、労働組合結成の促進、教育基本法制定などの戦後改革が実施された。
太平洋戦争によって著しく落ち込んだ経済は、朝鮮戦争・ベトナム戦争をきっかけとして回復し、さらに昭和35年(1960年)から昭和40年代(1970年代初頭)まで高度経済成長を遂げ、アメリカ合衆国に次ぐ経済力と技術力を備えるようになった。その要因としては、農地改革や労組の拡大によってかつては貧しく、弱い立場におかれていた労働者や農民が大消費者層として解放され、国内市場が戦前に比べて飛躍的に拡大したことや、産業の高い技術開発力が大きく作用し、家電、自動車などは国際的にもトップを争う位置にまで達したことが挙げられる。人びとが豊かになるにつれ、生活と文化の洋風化・アメリカ化が進んだ。後にはそうした基盤の上に日本独自の文化が見直されるようにもなった。二度にわたるオイルショックを境に高度経済成長時代は終焉し、安定成長時代を経てバブル景気へと突入した。
また、日本は憲法で軍隊を持たないことを定めたが、昭和26年(1951年)に日本国との平和条約(サンフランシスコ講和条約)と同時に日米安全保障条約を締結し、アメリカ合衆国軍の駐留をそのまま継続すると共に、事実上の再軍備を行なった。冷戦期には米国と同盟してソ連に対抗した。冷戦後には国際連合に協力して海外でPKO部隊を展開するようになった。