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キャンディーズ-支えた裏方達について調べるならランキング★モンスターで簡単チェック!!
11.支えた裏方達
穂口雄右
「春一番」「年下の男の子」「微笑がえし」等代表曲の作詞や作曲を担当した作曲家。元GSアウト・キャストのメンバー。
MMPミュージック・メイツ・プレイヤーズ
キャンディーズ全盛期のライブを支えたバックバンド。リーダーはワイルドワンズでキーボード担当の「チャッピー」こと渡辺茂樹。後の「スペクトラム」のメンバーも数多く在籍していた。
当初は「ロックンロールサーカス」の名前で、伊丹幸雄のバックバンドを務めていたが、あいざき進也のバックを努める際に「ビート・オブ・パワー」と名前を変え、その後編成を変えMMPとなった。大里マネージャーの意向により1975年8月の日劇ウエスタンカーニバルや10月の蔵前1万人カーニバルで一部サポートに起用される。ホーンセクションをフィーチャーしたロックバンドであるMMPは、当時流行していたソウルミュージックのカバーに力を発揮。またオリジナル曲に於いてもフルバンドでは生み出せないノリをもたらした。ライブに於ける、MMPオリジナル曲「SUPER CANDIES」で客席を煽り、「ハートのエースが出てこない」でキャンディーズが登場するメドレーは名物のひとつとなった。
1977年、キャンディーズ解散前にホーンセクションが「ホーンスペクトラム」として独立(ライブのサポートは解散まで継続)。バンド自体はキャンディーズ解散後にシングル「悲しき願い」を発売するなどの活動もあったが、ほどなくして解散。後にリズムセクションの一部と「ホーンスペクトラム」の主要メンバーが合流して「スペクトラム」を結成した。
《MMP及びそのメンバーによる楽曲》「SUPER CANDIES」「ダンシング・ジャンピング・ラブ」「さよならのないカーニバル」等
諸岡義明
当時渡辺プロダクション社員、現在はワタナベエンターテインメント顧問。
ザ・ピーナッツ担当後、1973年より初代キャンディーズ担当マネージャーに就任。前述のランのセンター指名など、キャンディーズを大ヒットアイドルに育てた。常に3人と行動を共にし、的確に指導を行っていた。また諸岡以下のキャンディーズを支えた裏方達は「花の諸岡班」とも言われていた。マネージャー交代時にはランは余りのショックに相当落ち込んでいたと言われている。
大里洋吉
当時渡辺プロダクション社員、現アミューズ相談役。
1975年夏より1977年までの約2年間、キャンディーズ担当2代目マネージャーに就任。キャンディーズ解散前に渡辺プロダクションを退社しアミューズを設立するも、解散時には契約プロデューサーとしてキャンディーズに協力していた<ref>1 </ref>。後にサザンオールスターズなどをスターに育て上げた。のち、2008年4月には「全国キャンディーズ連盟2008大同窓会」(ビデオコンサート)のプロデュース(演出・構成)を担当。
全国キャンディーズ連盟
キャンディーズをサポートしていたファンの団体。アイドルのファン団体としては稀代な組織力を誇り、キャンディーズをバックアップしていた。
(出典:Wikipedia)

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