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倉持隆夫-倉持アナのプロレス実況について調べるならランキング★モンスターで簡単チェック!!
2.倉持アナのプロレス実況

同時代に活躍していたライバル新日本プロレスの『ワールドプロレスリング』(テレビ朝日)実況担当の古舘伊知郎(当時局アナウンサー)が印象的な造語フレーズを散りばめた華麗な実況スタイルで注目を浴びたのに対して、倉持アナの実況スタイルは一見地味である。この点について倉持アナは、古舘アナはその日の試合のリング上で起きるであろう出来事について事前に知らされていたであろうが、全日本の場合、馬場もスタッフも何も教えてくれなかった、と説明している。また、その言動・発言は非常に大袈裟なものが多かったが、だからこそプロレスらしい緊迫感と説得力が生まれ、人気を博した。

1977年世界オープンタッグ選手権最終戦・蔵前国技館でのザ・ファンクスVSザ・シークアブドーラ・ザ・ブッチャー戦、1981年世界最強タッグ決定リーグ戦最終戦におけるスタン・ハンセンの突然の乱入、その翌年の馬場・ハンセンの初一騎打ちなど、全日本プロレスの歴史的瞬間に数多く立ち会う。また、1980年5月2日後楽園ホールでのアブドーラ・ザ・ブッチャーザ・シーク戦で、倉持自身がザ・シークに襲撃され額を割られ救急車送りにされるという前代未聞のアクシデントにも遭遇した<ref>後日、ジャイアント馬場と元子夫人クリーニング代として「たしか20万円頂いた」(倉持談)。また、倉持がシークのお膝元、デトロイトに行った時には、シークの手厚いもてなしを受け、宝石も貰っている。このアングルは「おそらく当時のプロデューサー・原章(現・福岡放送社長)とジャイアント馬場の2人のみが事前に知っていた。(シークが自分を襲ったのは)からかってやろうという感じだったのではないか」と倉持は回想している。また、倉持によるとアメリカでは実況アナウンサーはテレビ局ではなく団体側が用意するそうで、プロモーターでもあるシークが日本も同じシステムだと錯覚していた可能性もあるという(この項吉田豪「吉田豪のセメント!!スーパースター列伝 パート1」参考)。</ref>。

なお、全日本プロレス中継レギュラー枠最後の実況は日本武道館におけるテリー・ゴディスティーブ・ウィリアムス組対ハンセン・天龍源一郎組の世界タッグ選手権。ヒザを痛めていた天龍の不甲斐なさにハンセンと天龍が仲間割れしたシーンを「何だー!何だー!何が起こっている!」と実況。リング上での挨拶では「会場の皆さん!視聴率が欲しいんです!」と述べている。

また、東京ドームで行われた「日米レスリングサミット」ではメイン・イベントのスタン・ハンセンハルク・ホーガン戦を実況。フィニッシュが近づいたことを感じた倉持アナはレポートする徳光和夫を制し「ちょっと待ってください!実況を続けます!」と述べ、「ハルク・ホーガンのアックスボンバー!これがアックスボンバーだ!」と実況。これが全日本プロレス最後の実況となった。

なお、解説として名コンビを組んだ山田隆ともども、新日本プロレス及び新日から移ってきたレスラーを下に見て扱うような言動が目に付いたが(鶴田VSアニマル浜口戦で「鶴田が負ける要素は何もありません!」とやって馬場にたしなめられたのが有名)、日テレ退職後のインタビューで「アマレスの面白さは長州たちに教わった。プライベートでは仲良くやっていた」と語っている。

(出典:Wikipedia)

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