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1.概要
- 戦後の沖縄本島のバス路線事業は1950年4月1日に会社を設立した沖縄バスに始まり、50~51年には14社(沖縄バス、共同バス、首里バス、三共バス、沖縄交通(桜)、那覇交通(銀)、合同バス、昭和バス、あらかき平尾バス、協和バス、東陽バス、第一交通、青バス、那覇陸運)が乱立。うち8社の合併や買収などで誕生した昭和バス株式会社と青バス株式会社が合併し1964年7月に琉球バス交通の前身である琉球バス株式会社が発足した。
- 琉球バスは2005年5月に民事再生法の適用を申請し、事実上経営破綻した。その後、2006年4月に起きた元従業員による退職金問題で自主再建を断念、営業譲渡を決定した。譲渡先として県内の大手タクシー会社である「沖東交通グループ」や、県内バス会社「沖縄バス」、すでに那覇バスを子会社としていた第一交通産業が名乗りを上げた。最終的には、譲渡金の関係により「第一交通産業」に決まり、2006年9月1日より琉球バス交通として営業を開始した。それに伴い、琉球バスは会社清算手続きに入った。
- 那覇バスのときとは異なり、運転手が確保できたため幾つかの路線の減便で運行を開始することができた。しかし、労働組合解散を行おうとしたことから、琉球バス労働組合が所属する日本私鉄労働組合総連合会(私鉄総連)と会社側との対立が依然続いている。現在、琉球バス労働組合は存在している。
- 琉球バスは以前に那覇バスの前身の那覇交通と統一しようとしていた。そのころの準備として両社の観光用バスのデザインをほぼ同じにしカラーも同じにしたが、県や関係機関から猛反対され、統一はなされなかった。
- 前面の琉球バス社章(Rマーク)は第一交通グループ入りを機に第一マークに取り替えられた。但し、上から貼っているだけなので、社章は第一マークの下に残ったままである。
- 琉球バス交通に移行した後に塗装しなおされた車両については、琉球バスの社章は外され、ペイントにて「第一」と表記されている。
- 琉球バス時代の塗装の車両では、車内の運転手氏名プレート部分(現在はラミネート加工された社名と車両番号だけになっている)の上部に張られた「琉球バス(株)」は、なぜか残っている。
(出典:Wikipedia)