を推進し土地調査や鉱山開発など殖産興業政策を実施するが、財源不足や諸外国の外圧により利権を奪われるなどして挫折する。
1905年(明治38年)、第二次日韓協約で韓国統監府が設けられて日本の保護国となった。この時、イギリスが大韓帝国の永世中立国化を提案した。