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1.生涯
1.4.将軍親政
幕府権力と将軍権威の復活を目指して、精力的な政治活動を行なっている。伊達晴宗と稙宗(天文17年(1548年))、武田晴信と長尾景虎(永禄元年(1558年))、島津貴久と大友宗麟、毛利元就と尼子晴久(永禄3年(1560年))などの戦国大名同士の抗争の調停を頻繁に行なって、諸大名に将軍の存在を知らしめたのである。
さらに自分の名である「輝」の字を毛利輝元や伊達輝宗・上杉輝虎(謙信)などの諸大名や足利一門の足利輝氏などに与えたりもしている(前名の「藤」は細川藤孝(出家して幽斎)や足利藤氏、筒井藤勝(出家して順慶)などに与えている)。
このような経緯から、将軍として諸大名から認められるようになり、織田信長や上杉謙信などは上洛して拝謁、大友宗麟は鉄砲を献上している。
幕府内においては、政所執事の伊勢貞孝を廃し、新しく摂津晴門を政所執事とした。
(出典:Wikipedia)
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