天文15年(1546年)12月、義輝はわずか11歳にして、父から将軍職を譲られる。このときの将軍就任式は亡命先の近江坂本で行なわれ、元服時の烏帽子親は六角定頼が務めた(初名・義藤)。天文17年(1548年)、義晴は細川晴元と和睦して京に戻った。このとき晴元も義輝の将軍就任を承諾している。