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イスラム教-現代国際社会の普遍的価値観との相克について調べるならランキング★モンスターで簡単チェック!!
9.現代のイスラム教を巡る諸問題
9.2.現代国際社会の普遍的価値観との相克

イスラム教国に於ける、若しくはイスラム教国以外でもムスリムで構成される社会に於ける人権侵害などはしばしば反イスラーム主義的傾向を持つ立場の人々からイスラーム自体の欠陥として攻撃されることがある。また、アッバース朝の時代にほぼ固まったイスラーム法を遵守する結果、その後の社会情勢の変化に対する柔軟な対応を欠くようになったという主張も根強い<ref>近年の研究成果により、イスラーム法は社会情勢の変化に全く対応していない訳ではなく、ファトワーの積み重ねや解釈の変更などは歴史的に積み重ねられてきたことが明らかにされてきた。ここで述べられたようにイスラーム法が硬直的であるという決め付けは反イスラーム主義やキリスト教優越主義、多神教優越主義に基づく部分もあるとされる。</ref>。

指摘される人権侵害は、非ムスリム男性とムスリム女性の結婚の妨害<ref>伝統的イスラーム法(シャリーア)では非ムスリム男性とムスリム女性との性交渉は死刑である</ref>、強制改宗<ref>伝統的イスラーム法(シャリーア)では建前としては禁止されているが、実際には少なからず行われた</ref>、人体の切断を伴うハッド刑、非ムスリムのイスラーム圏での待遇<ref>伝統的イスラーム法(シャリーア)では一定の人権を保障されるが平等な権利は認められない</ref>、離教の妨害<ref>伝統的イスラーム法(シャリーア)ではイスラームからの離脱は死刑である</ref>、同性愛者への差別<ref>伝統的イスラーム法(シャリーア)によれば死刑。但し、この規定が厳格に適用されるようになったのはむしろ近代に入ってからである</ref>などである。また宗教多元主義者からは、ムスリムの中の宗教的エスノセントリズム<ref>イスラームを悪く言う人達 ここでは『ムスリム以外のすべての人間は失望と自分たちの宗教あるいは宗派に満足できない状態の中であえいでいます。これらの宗教や宗派はアッラーが礎としたフィトラに反しているからです。イスラームは人類がその教えに満足し幸福に暮らせるためのただ唯一の教えであるだけではなくアッラーが定められたディーヌ・ル・ハック(真理の教え)でもあるからです。』とイスラーム以外の宗教に対する強烈な侮蔑意識をあらわにしている</ref><ref>真理の教え『イスラーム』を知る ここでは『最初のアーヤではアッラーのみ許にあるディーン(教え)はイスラームしかないということが伝えられ、もうひとつのアーヤではアッラーはイスラーム以外誰からもディーン(教え)を受け入れられないということが伝えられています。死後幸福を得るものはムスリムだけなのです。イスラーム以外の教えで死んだものはアーヒラ(来世)において失敗者で、ナール(業火)で罰せられるのです。』とイスラーム以外のすべての宗教は地獄に落ちると主張している。また『救い(ナジャー)と幸福を望むユダヤ教徒達やキリスト教徒達が本当にムーサーやイーサー(イエス)の追従者になるためにはイスラームに入ってイスラームの使徒ムハンマド(アライヒッサラート・ワッサラーム)に追従すべきなのです。ムーサーやイーサーやムハンマドそれに他のすべての使徒達もムスリム(アッラーへの追従者)で、イスラーム(アッラーへの服従)を説いたのでした。イスラームは既に使徒達に遣わしたアッラーの教えと同じなのです。使徒達の封印であるムハンマド(サッラッラーフ・アライヒ・ワ・サッラム)が遣わされた後、いかなる預言者もこの世の終末まで現れず、従って預言者と名乗ることは違法』として、キリスト教徒やユダヤ教徒の信仰を『堕落したもの』『イスラームに劣るもの』と攻撃している。更にイスラーム以降の預言者たちはすべて偽預言者であると主張している</ref>が他宗教における同種のイデオロギー同様厳しく批判されている。

一方で、イスラーム社会の内部では、イスラームの伝統の名のもとに行われてきた慣習や法を、イスラームの教えの解釈の適用変更によって改善すべきだという主張や、イスラームと人権などの価値観、政教分離原則は共存可能である、あるいはイスラームは本来人権を尊重する教えである、といった言説も見られる。

しかしその一方で、これらの人権侵害を『イスラームの善き教え』、『アッラーフのお定めになった道』として熱烈に擁護するムスリムも一定数存在している。<ref>イスラームにおける生き方・信仰の自由 ここでは非ムスリムがイスラームに屈服し、ジズヤを支払い、ムスリムの前で控えめに振舞うことを要求しており、非ムスリムは差別されて当然であるとしている。またイスラム以外の信仰を信ずるものは皆地獄に落ち、彼らの救済は存在しないとしている。イスラームからの離脱は決して許されず、死刑となって当然であるとも主張している</ref><ref>イスラームにおける生き方・内政 ここではハッド刑に関して『ハッド刑を制定されたのは全知で英知を備えられたアッラーであられます。そして、アッラーは更生すべき人間の情況について充分に知り尽くされています。そして人間には大変慈悲深きお方なのです。』として全面的に擁護している</ref>

現代でもイスラーム法に厳格に基づくの罪で手を切り落とす刑罰が実施されていると伝えられている。

しかし一方で、イスラム教徒が圧倒的多数を占める国でありながら、死刑を廃止した国(トルコ・セネガルなど)、廃止されていないもののほぼ執行停止状態にある国(アルジェリアチュニジアモロッコなど)も存在する。イスラム圏全域で厳格なイスラーム法の適用が行われているわけではない。このことから、一部の事例だけを挙げてイスラム教全体を判断するのは偏見に基づいたものなのではないかという批判もある。ただしこれらの国では世俗主義をかかげる政府側がイスラム教と対立している状態にある。トルコやアルジェリアではイスラム教を掲げる政党が政府あるいは実権を握る軍部から弾圧されている。

イスラームの刑罰に対する考えは、厳格一辺倒ではない。イスラーム世界の統治論の古典である『アルファフリー』の著者イブン・アッティクタカーは、死刑存置論者であり、この書物においても死刑の適切な使用は認められるとしている<ref>『アル・ファフリー』第1巻、イブン・アッティクタカー著、池田修、岡本久美子訳、2004年、東洋文庫、p92</ref>が、しかし同時に『王者は死刑を命じて、人命を奪うことに関しては慎重であるべきだ。』『死刑とは、この世にもはやその生き物の生命が残らない事件である』と断言し<ref>『アル・ファフリー』第1巻、イブン・アッティクタカー著、池田修、岡本久美子訳、2004年、東洋文庫、p89</ref>、更に失った命は決して取り戻すことができないことを述べ<ref>『アル・ファフリー』第1巻、イブン・アッティクタカー著、池田修、岡本久美子訳、2004年、東洋文庫、p90</ref>、死刑にあたっては事実をよく取り調べ、且つ他の方法がないか熟慮すること、そして死刑にせざるをえない場合も、決して四肢切断のような残虐な殺し方はせず、苦しまず慈悲深い死刑法を選択すべきと述べている<ref>『アル・ファフリー』第1巻、イブン・アッティクタカー著、池田修、岡本久美子訳、2004年、東洋文庫、p90</ref>。彼は死刑を避け、人命を尊ぶために、イスラーム法の姦通罪死刑規定により処刑された男に関するムハンマドのハディースを挙げ、ムハンマドは最終的に彼を死刑にせざるを得なかったが、それを避けるための努力を尽くした後だったことを指摘している<ref>『アル・ファフリー』第1巻、イブン・アッティクタカー著、池田修、岡本久美子訳、2004年、東洋文庫、p93、p94</ref>。そして、死刑と同様の効果を持ち、人命を奪わない永久禁固の有用性を説いている<ref>『アル・ファフリー』第1巻、イブン・アッティクタカー著、池田修、岡本久美子訳、2004年、東洋文庫、p94</ref>。

全体的な趨勢としては、社会の都市化・近代化が進んだ地域では、イスラームの教えを根拠とする価値観が薄らぎやすい傾向があるとされる一方、都市化・近代化で伝統的な共同体が破壊された結果、人々がアイデンティティの拠りどころをイスラーム的な価値観に求め、生活を再び保守化する傾向があるとされている。特にトルコなどでは田舎から都市部へ流れた労働階級の宗教的保守化は現在の政情に大きな影響を与えている。しかし、保守的なイスラム教徒といえども、現代社会の価値観と全く無縁に生活するというわけにはいかないため、彼らも一定程度は現代社会の価値観を受け入れる動きを見せている。

(出典:Wikipedia)

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