ランキングモンスター
2.歴史
2.6.年譜
- 4世紀 - キリスト教を国教化
- 6世紀 - 10世紀 サーサーン朝ペルシア帝国、東ローマ帝国、イスラム帝国(アラブ人)の支配下となる
- 11世紀 - バグラト朝成立
- 13世紀 - 14世紀 タタール、ティムールによる侵攻
- 16世紀 - 18世紀 西部がオスマン帝国、東部はサファヴィー朝ペルシアの支配下となる
- 1783年 - ギオルギエフスク条約によりグルジア東部はロシア帝国の保護領となる
- 1801年 - ロシア帝国、グルジア東部を併合
- 1873年 - 露土戦争の結果、ロシアに併合
- 1918年5月 - グルジア独立宣言(グルジア民主主義共和国)
- 1922年 - アルメニア、アゼルバイジャンとともにザカフカース・ソビエト連邦社会主義共和国を形成、ソビエト連邦に加盟
- 1936年 - スターリン憲法により、独立した連邦構成共和国となる
- 1989年8月 - 南オセチア紛争はじまる
- 1990年8月 - アブハジア紛争はじまる
- 1991年12月 - ソビエト連邦の解体により独立
- 1992年1月 - ズヴィアド・ガムサフルディア大統領が失脚
- 1992年3月 - エドゥアルド・シェワルナゼが国家評議会議長に就任
- 1992年10月 - エドゥアルド・シェワルナゼが最高会議議長に就任
- 1995年11月 - エドゥアルド・シェワルナゼが大統領に就任
- 2000年4月 - エドゥアルド・シェワルナゼ大統領再選
- 2002年8月 - チェチェン共和国武装勢力に加わっていた日本人義勇兵(元自衛隊員)がグルジア領内で拘束されたとの報道
- 2003年11月23日 - バラ革命、エドゥアルド・シェワルナゼ大統領が辞任、ニノ・ブルジャナゼ暫定政権発足
- 2004年
- 1月4日 - 大統領選挙を実施、ミヘイル・サアカシュヴィリが圧勝
- 1月25日 - ミヘイル・サアカシュヴィリが大統領に就任
- 2006年
- 3月27日 - ロシア政府、グルジア産ワインの輸入禁止を表明、親欧米色を強めるグルジア政府に対する圧力ともいわれる
- 5月23日 - キエフにおいてGUAMの設立が宣言され、グルジアも加盟を表明
- 7月13日 - ロシアを通過せずに旧ソ連圏産の石油を輸出することが可能で、グルジア領内も通過するBTCパイプライン開通
- 7月25日 - グルジア軍が、独立を主張しているアブハジアに軍事攻撃を仕掛ける。アブハジア側とグルジア側にまたがるコドリ渓谷での26日までの戦闘で、現地を支配していたアブハジア系民兵を追い出した。グルジア側は、この戦闘で攻撃ヘリ数機、兵員輸送トラック34台、戦闘用車両18台を投入した。この戦闘で民間人一人が死亡、数人が負傷、民兵25人が捕虜となった。
- 9月27日 - グルジア治安当局が、スパイ行為を行ったとしてロシア軍将校ら十数人を拘束。ロシア外務省は28日、抗議のため駐グルジア大使を召還。
- 10月13日 - 国連安保理、アブハジアに対する「グルジア政府の挑発的行動」を非難する決議17161を採択。
- 2007年
- 8月7日 - グルジア北部で国籍不明の軍用機がミサイルを投下。グルジア政府は「ロシアの恫喝」と非難するが、「自作自演」ともいわれる。以前にも「グルジア領内への空爆」を自作自演した疑惑2が存在する。
- 9月27日 - 以前からタカ派として国民からの人気が高かったイラクリ・オクルアシヴィリ元国防相が拘束される。大統領から反政府的とされるビジネスマンの殺害を命じられたと「告白」したことが原因か。28日には元国防相の身柄拘束に反対するデモがトビリシで行われる。この件以降、グルジア各地での反政府デモが活発化。
- 11月1日 - サアカシュヴィリ大統領の辞任や議会選挙の前倒しなどを求めるデモがトビリシなどで行われる。7日に武力鎮圧されるまで、グルジア各地で断続的にデモが発生。
- 11月7日 - サアカシュヴィリ大統領、非常事態宣言発令。当初は2週間ほど継続される予定だったが、16日に解除。
- 11月14日 - グルジア政府が、反政府的報道を行ったとして野党系テレビ局「Imedi」の放送免許を停止。同局は11月7日、グルジア政府特殊部隊の強襲を受け、スタジオ・放送機材などを破壊されていた。免許停止自体は12月5日に解除されるが、放送再開には時間がかかるとの見方も。
- 11月25日 - サアカシュヴィリ大統領が、野党側が求めていた議会選の前倒しを拒否。代わりに大統領選の前倒しを行うことを表明し、立候補のため大統領職を辞任。大統領選は1月5日と決まるも、同日国会前では数万人が参加するデモが発生。11月7日の衝突以降、初の大規模デモとなる。
- 11月27日 - 事実上の国外追放処分を受けドイツに滞在していたオクルアシヴィリ元国防相が、ドイツ検察当局に拘束される。
- 2008年
- 8月8日 - 事実上の独立状態にあった南オセチアに侵攻。平和維持軍として駐留していたロシア軍に攻撃を加え、ロシアと戦闘状態に入る(南オセチア紛争 (2008年)も参照)。
- 8月10日 - 南オセチアから軍が退却。
- 8月12日 - CISより脱退を発表。
- 8月29日 - ロシアと断交。
(出典:Wikipedia)