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3.革命勃発
3.2.ヴァレンヌ事件
革命勃発により、貴族や聖職者など特権階級の多くが国外へ亡命を始めていた。1791年、国王と民衆との仲介者であったミラボーが死ぬと、過激化する革命を嫌ったルイ16世は、マリー・アントワネットの愛人であるスウェーデン貴族フェルセンの助けを借り、王妃の実家であるオーストリアへ逃亡しようと企てた。
6月20日、ルイ16世一家はパリを脱出するが、国境の手前のヴァレンヌで国民に見つかり、6月25日にパリへ連れ戻される。この事件はフランス国民に衝撃を与え、同時にルイ16世の反革命思考が暴露される。革命の波及を恐れるオーストリアとプロイセンとがピルニッツ宣言を発表し(8月27日)、ルイ16世の地位を保証しないと戦争をしかけると脅したので、ルイ16世は国王に留まることとなった。しかし、それまでは比較的多数を占めていた国王擁護の国民からの支持を失う。
9月、正式に憲法が制定された(1791年憲法)。この憲法は君主制のもとで、平民であっても一定以上の税金を納めたものには選挙権を認めた。10月になると最初の選挙が行われ、新しい議会「立法議会」が成立した。立法議会では、立憲君主制を守ろうとする穏健勢力のフイヤン派と、国王なしの共和制を主張するジロンド派の2派が力を持った。ジロンド派は裕福な商工業者をはじめとした上層・中層の市民(ブルジョワジー)を支持層としていた。
(出典:Wikipedia)
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