ランキングモンスター
1.経歴
1.5.第2期監督時代
監督晩年
この間長嶋は監督にとどまり続けるが、シーズンオフになるたびに後継監督候補として、堀内恒夫や森、江川などのOBの名が取りざたされた。しかし、長嶋本人が解任されることはなく、それに代わるように、コーチ陣の入れ替えがなされたのは、成績不振の責任を取らせるとはいえ、処理を誤れば、1980年のように不買運動が起こることを読売本社は恐れたからであると観る向きもあった。
2000年には、FAで獲得した江藤智内野手に背番号「33」を譲り、長嶋は現役時代の背番号「3」を25年ぶりにつけた。当初、この背番号「3」を長嶋は、ユニフォームの上に上着を着て、マスコミ・ファンには隠していた。世間の背番号「3」の長嶋が見たいという気運が高まった頃にユニフォームを公開し、当時、話題性に欠けていたチームの話題作りに大いに貢献した。この年、長嶋率いる巨人は前述のとおり2度目の日本シリーズ制覇を達成した。翌2001年はヤクルトとの優勝争いをするも力尽き、この年をもって監督業から勇退。9年間の監督生活にピリオドを打った。長嶋の勇退および原辰徳ヘッドコーチを後任の監督とする発表がなされた記者会見で、吉田填一郎アナウンサー(当時日本テレビ)の「長嶋さんにとって野球とは何ですか?」という質問に「野球というスポーツは人生そのものです」と答えた。
(出典:Wikipedia)
ランキングモンスタートップ>長嶋茂雄>監督晩年