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長嶋茂雄-クリーン・ベースボールについて調べるならランキング★モンスターで簡単チェック!!
1.経歴
1.4.第1期監督時代
クリーン・ベースボール

1974年11月21日、巨人の監督に就任した長嶋は、「クリーン・ベースボール」を標榜した。川上流の緻密な用兵と作戦重視のスタイルではなく、投・打の力量差がそのまま勝敗につながることを理想としていることを端的にあらわした言葉である。「哲のカーテン」と揶揄された川上監督時代とは対照的に、マスコミとのコミュニケーションを重要視した。それゆえ、川上監督時代のスタッフはほぼ一掃された。新生長嶋巨人軍の選手達には「シンデレラ・ボーイ」と名付けた。又、球団初の非日系の外国人選手であるデーブ・ジョンソン内野手を獲得し、自らの後継三塁手とした。長嶋は自らの背番号を「90」に変更し、現役時代の「3」は永久欠番となった。この「90」は当時小学生の息子・一茂のアイディアといわれている。「現役のときは3つの3があった(打順が3番、背番号3、3塁手)から、3を3つ足して9。これに0を付け加えて90番にしたら?」という言葉がきっかけになった。しかし、迎えた1975年のシーズンは長嶋の構想が裏目に出て、球団創設以来初の最下位に終わった。そのため、オフには日本ハムファイターズから高橋一三投手・富田勝内野手との交換で「安打製造機」と呼ばれた張本勲を獲得。外野手である高田繁を内野手の三塁に、当時としては異例のコンバートをし、ジョンソンを本来の二塁に移動するなど、チーム強化に着手した。その結果、翌1976年、1977年と優勝を果たすが、日本シリーズではともに阪急に敗れた。同年、ヤクルトから倉田誠投手との交換で浅野啓司投手を獲得した。

(出典:Wikipedia)

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