ランキングモンスター
1.経歴
1.3.プロ入り以後
新人時代
長嶋は、東京六大学リーグでの活躍もあり、「ゴールデンボーイ」あるいは「ハリケーン」とあだ名され、入団時から活躍が大いに期待されていた。1958年4月5日、開幕戦である対国鉄スワローズ戦に、3番サードで先発出場して公式戦デビューを果たすが、国鉄のエース金田正一投手に4打席連続三振を喫した。しかし、そのすべてが渾身のフルスイングによる三振であったことが伝説的に語り継がれている。また、翌日の試合でもリリーフ登板した金田に三振を喫している。
しかしその2日後の4月7日国鉄戦で三林清二から初安打、4月10日の大洋戦で権藤正利から初本塁打を奪うと、本来の力を出し始め、シーズン途中から川上哲治に代わる4番打者となり、チームのリーグ優勝に貢献した。
この年の9月19日に行なわれた対・広島戦(後楽園)で新人新記録(当時)となる28号本塁打を放ったが、一塁を踏み忘れて、本塁打を取り消されている(記録はピッチャーゴロ)。もしこのベースの踏み忘れがなければ、新人にして「トリプルスリー(打率3割・本塁打30本・30盗塁)」の記録が達成されていた。なお、長嶋は翌9月20日の阪神戦で28号を打ち直し、新人新記録を達成した(現在の新人記録は1959年の桑田武と1986年の清原和博の31本塁打)。
最終打撃成績は、本塁打29本、打点92を記録し二冠王。打率は、大阪タイガースの田宮謙次郎と首位打者争いをするが、田宮がシーズン終盤に欠場して以降、全試合出場を続ける長嶋は打率を下げ、最終的には2位の.305に終わった。しかし長嶋は最多安打を記録、盗塁もリーグ2位の37と活躍し、新人王に選ばれた。
(出典:Wikipedia)
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