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アン・ネヴィル-プリンセス・オブ・ウェールズについて調べるならランキング★モンスターで簡単チェック!!
2.プリンセス・オブ・ウェールズ

14歳の時、アンは父親によって国王ヘンリー6世の息子の王太子エドワードと婚約させられた。父ウォリック伯は、それまでヨーク派としてエドワード4世の戴冠などにも尽力してきたものの処遇に不満で、この時にはヘンリー6世の王妃マーガレット・オブ・アンジューと同盟して、ランカスター派側に寝返っていた。だが、姉イサベルが王弟クラレンス公ジョージと結婚したことで、マーガレット王妃はこの寝返りの動機を、自分と同盟して王位を王太子エドワードに継承させるのではなく、クラレンス公を担いで次期国王にしようとしているのではないか、と疑い始めた。アンとエドワードが公式に結婚式を挙げた記録はないが、恐らく1470年12月13日にフランスのアンボイス城で結婚していたか正式に婚約(この場合は法的には結婚したのと同じ)していた。

ヘンリー6世を復位させるため、マーガレットによってイングランドに派遣されていたウォリック伯は、1470年10月にこれに成功したが、その数ヶ月後にバーネットの戦いで敗れて殺された。アンは新郎と義理の母と一緒にイングランドに帰国して初めて、父親が亡くなったことを知った。またさらに、1471年5月4日のテュークスベリーの戦いにおけるエドワードの死で未亡人になった。

アンがロンドンで使用人として働いているところを、エドワード4世の弟グロスター公リチャードによって見いだされたという逸話がある。それが本当かどうかはともかく、個人リチャードとしての少年時代からの彼女への想いと、グロスター公としての彼女の財産と称号(その大部分は母アン・ボーシャンの家系から来るのだが)の相続を狙ったのと、その両方があったというのが有り得そうな話である。

(出典:Wikipedia)

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