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YS-11-輸出について調べるならランキング★モンスターで簡単チェック!!
1.歴史
1.9.輸出

1964年昭和39年)1月15日に日本機械輸出組合と日本航空工業界による「航空機東南アジア・豪州市場調査団」が海外に派遣されたのを始めとして、日航製造による海外営業が繰り返された。しかし、日航製造には航空機販売のノウハウがないことから、総合商社の販売ネットワークに頼ることとなった<ref name="air_liner_club" />。

YS-11の最初の輸出は1965年昭和40年)10月にフィリピンのフィリピナス・オリエント航空であった。戦争賠償の一環として2012号機が引き渡された。同社はその後最大4機のYS-11を保有した。無名で実績のない日航製造が海外で販売するには実機を見せるほかに宣伝の手段はなく、YS-11は積極的に海外へ飛行し、デモンストレーションを行った。まず、1966年昭和41年9月15日から10月13日にかけて北米へ渡航、アメリカ合衆国サンフランシスコデンバーセントルイスワシントンD.C.マイアミを飛び、近距離路線を運航する中堅航空会社であるピードモント航空ハワイアン航空からまとまった数の受注を得ることができた。しかし、ハワイアン航空からリース契約で3機の輸出を行ったものの、搭乗口の低さ、騒音、振動、キャビンのデザインが不評で僅か一年で全機が返却されてしまった。この反省が後のYS-11Aの開発で活かされることになった<ref name="air_liner_club" />。

1967年昭和42年)は1月25日から3月15日にかけて南アメリカペルーアルゼンチンチリブラジルをデモ、10月11日12日ベネズエラ12月2日から12日カナダ1968年昭和43年8月27日から10月28日にかけてはイギリス西ドイツスウェーデンイタリアユーゴスラビアギリシャサウジアラビアパキスタンネパールビルマタイマレーシアを精力的に回ったが、アジアの多くの途上国では購入予算が無いため受注をほとんど得ることはできなかったが、その後ブラジルやアルゼンチン、ペルーでまとまった数の受注を獲得した。しかし、ヨーロッパでは競合機が多いため、ギリシャのみの受注となった。1968年昭和43年)のデモフライトではイギリスのファーンボロ・エアショーにも出展した。この出展でギリシャのオリンピック航空との商談が成立した。オリンピック航空では短期リースの2機を含め、最盛期には10機のYS-11を保有した<ref name="air_liner_club" />。当時はファーンボロ・エアショーの出展に際し、欧州の航空機メーカーの出展に限定されていたが、YS-11はロールスロイス社製のエンジンを搭載していることから、英国製に類するとして特別に出展が認められてデモフライトを実施することができた<ref name="nakamura"/>。

1969年昭和44年)にも2月27日から3月1日メキシコ12月3日から1970年昭和45年2月14日にかけてモロッコセネガルカメルーンガボンザイール中央アフリカザンビアを飛行、同時に1月18日から22日シンガポール6月20日から7月9日にかけてエジプトケニアスーダン南アフリカ7月28日から8月3日南ベトナムサイゴンベトナム戦争中)へ飛行し、いくつかの受注を獲得することができた。

(出典:Wikipedia)

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