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上記のような憲法上の問題や旧軍との連続性への懸念などから、自衛隊は日本教職員組合(日教組)や日本共産党党員、左翼勢力から敵視され、左翼組織に与する教師による自衛隊否定教育、自衛隊員の子供へのいじめや差別(警察官の子供にも行われた<ref>佐々淳行著、文藝春秋刊『連合赤軍「あさま山荘」事件』 日教組組合員の教師が、警察官と自衛官の子供を立たせて「この子達の親は悪人です!」と吊し上げた。佐々は激怒し、教師は家庭訪問を行ったが、その席で反省の弁は無く、自民党や自衛隊、警察を口汚く罵るばかりであったが、教育委員会に訴え出て免職させると佐々が言うと、教師は一転して土下座して謝罪しはじめた。この時、この教師は「日教組の指示だった」と発言している。</ref>)、自衛隊の公共施設使用に対する、法的、および合理的根拠のない妨害や抗議<ref></ref>などの、自衛隊員や関係者の人権を侵害する事件が起こり、全日空機雫石衝突事故のように自衛隊が関係した事件、事故において一方的な自衛隊過失論が展開された例や、現場を北海道警察が封鎖し、自衛隊には情報収集が許されなかったベレンコ中尉亡命事件のような例もある。また、阿部行蔵による立川市長による自衛隊員住民登録拒否事件のような、日本国憲法に明記されている基本的人権を侵害する事例もあった。
また、自衛隊という組織を犯罪者集団、自衛隊員という職業を賤しいものとする偏見が流布され、平成7年の阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件における自衛隊の活躍で下火になるまで長く続いたため、自衛隊員の配偶者や子供の中には差別を恐れ、配偶者や親の職業を隠さざるを得なかった事例がある<ref>産経新聞社会部次長大野敏明は、1996年2月2日産経新聞東京夕刊において、自衛隊員の息子として教師から虐めを受け、登校拒否になったと記し、同じく自衛官の息子だった友人は内申書の評価を下げられた、親の職業を言いたがらない者もいたと語っている。</ref>。
災害地への派遣において、派遣先自治体の対応が遅れた事例を「(市長個人の)イデオロギーのために」「自衛隊を活用する気がなかったとしか思えない」と指摘した新聞がある<ref>平成11年6月23日から7月3日まで、九州から東北南部までを襲った集中豪雨災害。最も被害の大きかった広島県では、土砂崩れや土石流が多発して死者・行方不明者が31人に上った。6月29日の夕方から被害が拡大しはじめ、死者・行方不明者が続々と確認される中、20時の時点で自衛隊から広島県に対して災害派遣要請の必要性の確認が行われた。これを受け広島県は広島市の意向を確認したが、広島市は自衛隊の派遣は必要ないとして断っている。一夜明けた30日、被害はさらに拡大。結果、6月30日午前4時の時点で広島市は県へ災害派遣要請を行った。産経新聞は平成11年7月1日の記事で『秋葉忠利・広島市長は「何かできなかったかという思いはある。教訓として生かしたい」と述べたそうだが、冗談ではない。その能力を十分に持っている自衛隊を活用する気がなかったとしか思えない。自分のイデオロギーのために広島市民の生命をないがしろにした、重大なる「人災」と言っても過言ではないだろう』と批判した。この件では、広島市が対策に忙殺されており、広島県も災害対策本部の設置が遅れ、情報を消防庁に送ることが遅滞していたため、国土庁や官邸に連絡することが出来ないまま時間が経過していた。災害派遣要請の決め手となる被害地域の航空写真が広島市消防局長の手元に届いたのは30日午前零時であり、その4時間後には県知事に対して自衛隊派遣要請が行われている。(→平成11年6月23日から7月3日までの大雨による被害状況について(第47報)消防庁)(→県・広島市 遅れた判断 1999年7月1日 中国新聞朝刊)(→第145回国会 災害対策特別委員会 第6号 平成11年7月22日(木曜日))</ref>。