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6.佐久間ダム建設に伴う路線変更
6.2.概要

佐久間ダムにより水没する部分は佐久間 - 大嵐の約18kmであり、この区間には豊根口駅、天龍山室駅、白神駅の3駅があったが、これらは線路共々廃止となった。

変更路線のプランは、「大入川線」「水窪線」の2ルートが計画された。このうち「大入川線」は、上市場駅から北方、天竜川右岸の山中に進路を取り、途中「大笹」「田鹿」「横林」の3駅を経由した後に大嵐駅に出るルートであった。一方、「水窪線」は、佐久間からトンネルで水窪川水系に出た後、秋葉街道沿いに水窪町まで北上、そこからトンネルで再び天竜川水系に戻り大嵐に至るという現在のルートである。2つのルートを比較すると、「大入川線」は、途中で掘削する長大トンネルはキビウトンネル(延長4,850m)の一本だけで済むものの、曲線とトンネルが連続するなど線形が悪く、また途中の3駅は小和田駅のように人家もほとんど無い山中に建設されるため利用客がほとんど見込めないうえ、現路線が経由している佐久間の町を経由しないという最大の欠点があった。一方、「水窪線」は、佐久間から秋葉街道及び水窪を経由していくため、ある程度の利用客が見込めたが、峯トンネル(延長3,619m)、大原トンネル(延長5,063m)という2つの長大トンネルを掘削しなければならない上に、この付近には中央構造線と天竜川断層という2つの断層地帯が走っており、難工事となることが予想された。

比較検討の結果、「水窪線」ルートでの路線変更が決定され、1953年12月に着工された。前述したように、この付近は2つの断層地帯に挟まれたきわめて地盤の不安定な地域であったために、城西 - 向市場間のような工事の難航した箇所もあり、また大原トンネルは当時の日本で十指に入る有数の長大トンネルであったが、関係者らの努力等もあって(大原トンネル掘削に際しては鉄道工事初の全断面掘削工法が採用され、12m/日、260m/月という掘削記録を樹立した)大きな事故も無く工事は終了。1955年(昭和30年)11月11日に路線変更が行われ、豊根口、天龍山室、白神の旧線上の3駅が廃止になる共に、新線に相月、城西、向市場、水窪の4駅が新たに開業した。新線との合流地点となった大嵐駅は、大原トンネル坑口直近に移転し、また、佐久間駅も路線変更に合わせて移転して、旧佐久間駅跡には佐久間発電所が建設されている。

(出典:Wikipedia)

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