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5.歴史
5.4.国有化後
伊那電気鉄道・三信鉄道・鳳来寺鉄道・豊川鉄道各社の鉄道路線が国有化され、飯田線となったのは1943年である。鉄道路線を失った鳳来寺鉄道・豊川鉄道両社は翌年に名古屋鉄道に吸収合併された。
太平洋戦争最中の1942年に、豊川にあった海軍工廠への物資輸送・通勤用に供するため、豊川鉄道が豊川 - 西豊川間の支線を開業した。戦後の1956年に廃止され、海軍工廠跡にできた国鉄名古屋工場豊川分工場の専用線となり、さらに同工場廃止後は日本車輌製造豊川製作所の専用線として同所で製作された鉄道車両の搬出などに使われている。
なお、名古屋鉄道には名古屋本線の伊奈駅から分岐して飯田線小坂井駅に至る小坂井支線が、1926年から豊川線の開業する1954年まで存在しており、愛知電気鉄道時代から小坂井駅 - 豊川駅間で豊川鉄道→飯田線との直通運転を行っていた。初詣シーズンには豊川稲荷への参拝客輸送のため、新名古屋駅(今の名鉄名古屋駅)と近畿日本名古屋駅(今の近鉄名古屋駅)の間に存在した連絡線を用いて近畿日本鉄道(近鉄)からの団体列車が乗り入れたこともあり、その他にも戦前には愛知電気鉄道・豊川鉄道・鳳来寺鉄道・三信鉄道の4社線直通を行った行楽列車の「天龍号」、戦後には本長篠駅から分岐していた田口鉄道に乗り入れる紅葉狩り列車などが、小坂井支線を使用して運行されていた。
1955年には、佐久間ダムの建設により線路が水没するため、佐久間 - 大嵐間が水窪経由の新線に切り替えられた(詳細は佐久間ダム建設に伴う路線変更を参照)。
- 1943年(昭和18年)8月1日 - 伊那電気鉄道・三信鉄道・鳳来寺鉄道・豊川鉄道の鉄道路線が買収され国有化。飯田線となる。
- 吉田駅を豊橋駅に統合。貨物支線 豊橋 - 船町間 (1.7km) を廃止し豊橋駅構内に統合。
- 停留場を駅に格上げ。信号所を信号場に改称。
- 新船町停留場を船町駅に、江島渡停留場を江島駅に、川路駅を三河東郷駅に、長篠駅を大海駅に、長篠古城址駅を長篠城駅に、鳳来寺口駅を本長篠駅に、三信三輪駅を三河長岡駅に、伊那川路駅を川路駅に、元善光寺駅を座光寺駅に、南新町停留場を伊那新町駅に、中部天竜駅を「なかっぺてんりう」から「ちゅうぶてんりゅう」に改称。
- 柿平停留場、池場停留場、三信上市場停留場、早瀬停留場、我科停留場、開善寺停留場、高遠原停留場、伊那赤坂停留場、大田切停留場、入舟停留場、西町駅廃止。
- 全線営業キロ修正で本線が0.4km延長。
- 1946年(昭和21年)9月1日 - 高遠原駅、大田切駅再開業。
- 12月1日 - 早瀬駅、池場駅、上市場駅再開業。
- 1950年(昭和25年)2月15日 - 柿平駅再開業。
- 5月20日 - 座光寺駅を元善光寺駅に改称。
- 1951年(昭和26年)8月1日 - 平岡ダム建設のため満島 - 為栗間経路変更(改キロなし)。同区間の遠山口駅廃止。
- 1952年(昭和27年)11月15日 - 満島駅を平岡駅に改称。
- 1954年(昭和29年)11月10日 - 伊那町駅を伊那市駅に改称。
- 1955年(昭和30年)4月 - 天竜峡 - 辰野間の架線電圧を1200Vから1500Vに昇圧(他の区間は電化当初から1500V)。
- 11月11日 - 佐久間ダム建設のため佐久間 - 天龍山室 - 大嵐間 (13.3km) が廃止。佐久間 - 水窪 - 大嵐間の新線 (17.3km) が開業。相月駅、城西駅、向市場駅、水窪駅開業。豊根口駅、天龍山室駅、白神駅廃止。経路変更に伴い全線で営業キロ修正 (-0.3km)。
- 1956年(昭和31年)9月15日 - 西豊川支線 豊川 - 西豊川間廃止。西豊川駅廃止。
- 12月20日 - 三河長岡駅を東栄駅に改称。
- 1959年(昭和34年)10月1日 - 赤穂駅を駒ヶ根駅に改称。
- 1961年(昭和36年)3月1日 - 名古屋 - 辰野間に準急「伊那」を新設。
- 10月1日 - 新宿 - 天竜峡間に準急「天竜」を新設。11月からは長野編成併結。
- 1963年(昭和38年)6月1日 - 新宿 - 飯田間に準急「赤石」を新設。
- 1966年(昭和41年)3月25日 - 伊那田島 - 高遠原間に大沢信号場開設。
- 1968年(昭和43年)10月1日 - 急行「赤石」と「天竜」の新宿編成を「こまがね」に改称。
- 1978年(昭和53年) - 「流電」クモハ52形など戦前型国電の多くが運用終了。代替には80系電車が転入。
- 1982年(昭和57年)6月13日 - 鶯巣 - 平岡間落石危険地帯迂回のためトンネル経由の新線に切替 改キロ (-0.2km)。
- 1983年(昭和58年)2月14日 - 119系電車営業運転開始。
- 1984年(昭和59年)2月24日 - 豊橋 - 飯田間CTC化。
- 6月1日 - 田切駅が豊橋駅方面に0.1km移転。
- 1986年(昭和61年)11月1日 - 急行「こまがね」廃止。急行「天竜」を「かもしか」に改称、一部は快速「みすず」に格下げ。
- 1987年(昭和62年)3月28日 - 豊橋 - 中部天竜間にトロッコ列車「トロッコファミリー号」運転開始。
- 4月1日 - 国鉄分割民営化により東海旅客鉄道が承継。日本貨物鉄道が豊橋 - 豊川間、元善光寺 - 辰野間の第二種鉄道事業者となる。豊川 - 元善光寺間の貨物営業廃止。
- 1988年(昭和63年)2月1日 - 東海旅客鉄道飯田営業所が発足。
- 3月13日 - 急行「かもしか」廃止。
- 1989年(平成元年)4月13日 - 北殿駅にて列車衝突事故発生(負傷者138 - 157名)。
- 1990年(平成2年)3月1日 - 飯田営業所を飯田支店に格上げ。
- 1991年(平成3年)12月14日 - 湯谷駅を湯谷温泉駅に改称。
- 1992年(平成4年)12月29日 - 豊橋 - 飯田間に臨時急行「伊那路」新設。
- 1996年(平成8年)3月16日 - 「伊那路」を定期特急化。
- 2001年(平成13年)3月3日 - 天竜峡 - 辰野間でワンマン運転開始。
- 4月1日 - 治水工事に伴う天竜峡 - 時又間の全面的な線路付替、改キロ (-0.1km)。
- 2006年(平成18年)5月7日 - 「トロッコファミリー号」がこの日限りで運転終了。
(出典:Wikipedia)
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