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4.歴史
4.5.明治から第二次大戦まで
版籍奉還直後の1869年旧暦6月、吉田は豊橋と改名された。1871年8月、廃藩置県により豊橋県となり、11月には額田県、1872年に愛知県に統合された。大区小区制が施行され、豊橋は第十五大区として管理され、愛知県の豊橋支庁が置かれた。1878年制定の郡区町村編制法により郡や町村が置かれ渥美郡豊橋町となり、1889年に郡制及び町村制を施行し、1906年には豊岡村と花田村を合併し市制を施行した。1932年に、下地町、高師村、牟呂吉田村、下川村、石巻村多米を編入した。
1888年に東海道線が開通し豊橋駅が開業した。渥美線は1924年に高師~豊島間の開業後、1925年までに三河田原まで開業した。路面電車(豊橋鉄道東田本線)は1925年に開業した。1931年、豊橋初の百貨店として豊橋丸物(広小路通。1950年に駅前大通に移転、1973年に西武との提携で豊橋西武となる)、豊橋市公会堂(八町通)が竣工した。
1871年、吉田城趾に名古屋鎮台が置かれた後、1885年には大日本帝国陸軍歩兵第十八連隊が置かれたほか、1908年から1925年までは高師原に帝国陸軍第15師団が置かれるなど軍都として繁栄した。また明治から昭和の初めまでは養蚕業、製糸業が非常に盛んであった。太平洋戦争の最中には、1944年12月7日の東南海地震と、1945年6月20日のB29、136機による空襲(豊橋空襲)によって、市街地の7割が焼失した。
(出典:Wikipedia)
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