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豊橋市-両説に異論の無い部分について調べるならランキング★モンスターで簡単チェック!!
2.市名の由来
2.1.豊橋(とよばし:吉田大橋)
両説に異論の無い部分

徳川氏の武将の酒井忠次が、1570年元亀元年)、関屋口から下地にかけて吉田川(豊川)に吉田大橋(土橋)を架ける土木工事を実施した。その後、池田輝政が、船町を整備し前城主・酒井忠次が吉田川に架けた土橋の吉田大橋を木橋に架け替え、その位置も整備した下流の船町に移動させた。『三州吉田記』に「元亀元年、関屋之渡口始メテ土橋ヲ架ス」とあり、1591年天正19年)にこの土橋を船町へ移すと記す。江戸時代には、江戸幕府が整備、管理する長さ120間の大橋であった。

この船町の吉田大橋(吉田橋)は、明治時代に架け替えた時、とよばし(豊橋:濁音)と名称を変更した。さらに、昭和に入ってから国道1号を整備した際、その上流(関屋口から下地)に新たに掛けられた橋を、以前の船町で呼称していた吉田大橋(よしだおおはし)と、再び名付けた。この国道整備により、かつての東海道は愛知県道496号白鳥豊橋線として県道になり、正式にはもともと架かっていた県道の大橋(西側の橋)の名を豊橋(とよばし)とするようになった。

(出典:Wikipedia)

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