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1.概要
中世から江戸時代まで市の中心部は吉田(よしだ)と呼ばれていた(吉田という地名は全国各地にあったため、三州吉田と呼ばれることが多かった)。
吉田は豊川と朝倉川の合流地点であり、渥美郡、宝飯郡、そして八名郡の境目に当たる。江戸時代には 吉田藩の城下町、吉田宿の宿場町、豊川水運で栄えた湊町であった。1869年(明治2年)6月の版籍奉還で、吉田から豊橋に改称した。
市徽章は、江戸時代末、吉田城に8代君臨した長沢・松平・大河内(ながさわ・まつだいら・おおこうち)家が用いていた馬印を横から見た形の千切(ちぎり)である。
市民は、「豊橋」を「とよはし」と発音することが多い、またしばしばh音が落ちて、「とよあし」と発音されることもある。
東三河の人口の過半数を占める中核市であり、国勢調査推計人口は2007年10月1日現在愛知県第3位。2007年11月1日に発表した外国人登録人口が2万人を超えた。昼夜間人口比率は99.6%と100%を切っている。
三河港と豊川用水を擁し、貿易港と農業を主軸とする。16世紀の今橋城(のち吉田城と改称)建築以来、東三河の中心に台頭し、江戸時代は特に、三州吉田藩の城下町、東海道53次の吉田宿・二川宿があり、幕末には7万石と岡崎藩・西尾藩を超え、旧三河国内では最大の勢力であったもよう。
(出典:Wikipedia)