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刑事訴訟法では死刑判決確定後6ヶ月以内に死刑は執行されなければならない、と規定されているが、6ヶ月以内に自動的に死刑が執行されるわけではない。死刑執行起案書とよばれる書類が作成されなければ、死刑の執行にむけての法手続きは進行しない。
死刑判決が確定すると、判決謄本と公判記録は当該死刑確定者の死刑を求刑した検察庁に送られる。高等検察庁の検事長、あるいは地方検察庁の検事正は、これらの書類をもとに、死刑確定者に関する上申書を作成し法務大臣に提出する。上申書は、法務省刑事局に回される。同時に検察庁から刑事局に裁判の確定記録が運ばれる。刑事局総務課は資料が全て揃っている事を確認し、刑事局担当の検事が記録を審査する。通常、死刑該当犯罪の場合、その裁判資料は膨大なものであるから審査には時間がかかる。特に、刑の執行を停止しなければならない件、非常上告の有無の件、再審の件、恩赦に相当するかどうかの件は慎重に確認される。審査の結果、死刑執行に問題がないと判断されると、検事は死刑執行起案書を作成する。死刑執行起案書は刑事局、矯正局、保護局の決裁を受け、これらの決裁の確認の後、死刑執行命令書として大臣官房へ送られる。ここまで、膨大な資料の確認と決裁のため、相当な時間がかかるが、この間に死刑確定者が妊娠した場合や、精神に異常をきたした場合は、書類は刑事局に戻される。
死刑執行命令書は官房長の決裁を経て、法務大臣の下へ届く。本来であれば法務事務次官の決裁が必要だが、法務大臣と法務省の事務方代表である法務事務次官の決裁が食い違っては、政治的問題になるので、法務事務次官の決裁は、法務大臣の決裁を経た案件だけに行われる。
法務大臣の署名には必ず赤鉛筆が使われるが、これが行われない限り、死刑執行は不可能である。大半の大臣は署名を嫌がるといわれる。また、在任中に信条、宗教上の理由などで執行命令書の署名を行わなかった大臣もいる(賀屋興宣、左藤恵など)。2005年には法務大臣に就任した杉浦正健が記者会見で「(死刑執行命令書に)私はサインしない」と異例の発言を行い、非難を浴びて1時間後に撤回する事態となった(ただし、杉浦法相は在任期間中命令書に一度もサインすることはなかった)。
例外的ではあるが、死刑の執行に積極的な大臣も存在した。田中伊三次は法務大臣就任後、知り合いの記者に「死刑が執行されるところを見に行こう」と誘い、相談した刑事局総務課長から叱責されたり、「これから死刑執行命令書のサインを行うので写真を撮ってくれ」と、数珠を片手にポーズを構えたが、あまりの悪趣味に産経新聞を除く記者クラブの記者らに呆れられたといわれている。これは翌日(1967年10月17日)の朝刊一面で報じたのは産経新聞だけだったためである。また、反対に裁判資料を持ち込み悩みながら熟読し判断を下した大臣もいた。
日本の刑事裁判では一般的に三審制であるが、このように死刑に関しては最高裁の後の法務大臣の死刑執行の署名する前段階で、さらに法務省刑事局で検事による裁判記録の審査がおこなわれ、健康状態に問題があったり、また冤罪の可能性があるなど執行に障害のある死刑囚が排除されていくため、事実上の四審制であると表現<ref>別冊宝島「日本タブー事件史3」26頁</ref>されることもある。
大臣の性格により様々であるが、法務省当局としては「死刑無し」の前例をできる限り作らないように、大臣の任期終了前には相当な催促が行われるという。ただし、もちろん、主義主張に無関係もしくは不明ながら任期が短い等の経緯により、結果として在任中死刑執行を一人も行わなかった法務大臣も、第二次世界大戦後に複数存在する。