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1.生涯
1.4.日本来訪
1959年7月15日、31歳のゲバラはキューバの使節団を引き連れて日本に訪れた。当時の日本での知名度は低く、朝日新聞が“カストロ・ヒゲ<ref>「東京へ来たカストロ・ヒゲ」朝日新聞1959年7月27日付け</ref>”と揶揄同然に報じたのみで、他社には無視された。7月23日には午前中に愛知県のトヨタ自動車工場のトラックやジープの製造ラインを見学、午後には新三菱重工の飛行機製作現場を訪れた。24日には久保田鉄工堺工場で農業機械の製作を見学し実際に農業機械を動かして試した後、丸紅、鐘紡と回って夕方に大阪商工会議所主催のパーティーに出席した。この他にもゲバラは通商のために帝国ホテルで池田勇人通産相に15分間の会談を行い、ソニーのトランジスタ研究所や映画撮影所、肥料工場などを回った。
7月24日の大阪に泊まった際、当初は翌日に神戸の川崎造船所を視察後、市内のホテルで繊維業者と会う予定だったが、広島が大阪から遠くない事を知り、オマール・フェルナンデス大尉とマリオ・アルスガライ駐日大使を伴い宿を抜け出して夜行列車で広島に向かった。25日に広島県庁職員案内の下、広島平和記念公園内の原爆死没者慰霊碑に献花し、原爆資料館と原爆病院を訪れた。
中国新聞の記者であった林立雄が単独取材した。なぜ日本人はアメリカに対して原爆投下の責任を問わないのかとゲバラは言ったという。彼はヒロシマをキューバに伝えた。以来、キューバでは現在でも、初等教育でヒロシマ・ナガサキをとりあげている。
日本各地を視察した後、27日に日本を発ってインドネシア、パキスタン、スーダン、ユーゴスラビア、ガーナ、モロッコを歴訪して9月8日にハバナへ戻った。翌年には日本とキューバの通商協定が締結され、現在も継続中である。
(出典:Wikipedia)
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