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橋本龍太郎-枢要ポストを歴任について調べるならランキング★モンスターで簡単チェック!!
1.生涯
1.3.枢要ポストを歴任

1978年12月7日、第1次大平内閣が発足した。組閣にあたって大平は厚相に初の昭和2ケタ生まれの橋本を起用した。41歳、父の橋本龍伍につづき、親子2代の厚相となった。当選5回目での初入閣である。スモン訴訟の和解に尽力した<ref>『西日本新聞』 ワードBOX</ref>。

水俣病の患者らが厚生省に押しかけ、亡者補償が交通事故死の補償より安かったことについて、患者らが「人命軽視だ」と批判したことがあった。応対した橋本は「政府が人命を大事にしなかったことがあるか! 取り消せ!」と怒り、とりなした厚生省幹部にも「黙ってろ!」と怒鳴った<ref>『橋本龍太郎・全人像』148頁</ref>。

竹下登を中心とする創政会の結成に参画し、その後の経世会においても中心人物の一人となり竹下派七奉行の一角を占めた。

1986年7月22日、第3次中曽根内閣運輸大臣に就任して国鉄民営化を担当した。大臣在任中、橋本の似顔絵が描かれたオレンジカードをつくり、希望者(友人らを中心に、一般国民も大臣に手紙を書けば貰えたという)に無料で配布した。

1987年には竹下内閣で幹事長代理に就任し、健康不安のある幹事長安倍晋太郎を支え続け、消費税導入や昭和天皇大喪の礼に対して党側の実務を担当した。

(出典:Wikipedia)

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