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祖父は著名な政治家、父親は出版業界で働いていた。また、ニューヨーク州知事や、第41代合衆国副大統領を務めたネルソン・ロックフェラーは従兄弟に当たる。
ヴァージニア大学では経済学を専攻していたがドロップアウト、1941年にRKOで使い走りとして映画界に入る。すぐに助監督として働くようになり、ジャン・ルノワール、エイブラハム・ポロンスキー、ジョゼフ・ロージー、チャーリー・チャップリン等の元で働く。
1950年代はじめにテレビに活躍の場を移す。1954年には『Big Leaguer』で映画監督としてデビューした。同年、自身のプロダクション、アソシエイツ・アンド・アルドリッチを設立。
『ヴェラクルス』等の西部劇で認知される。ヨーロッパに渡った1960年前後の不振の時期の後、アメリカに戻ると不敵さに狡猾さを加え独自の路線を進んでいく。いずれの時代においても人間の執念や憎悪などをダイナミックに描き、自身の容貌さながらの骨太の映画を撮り続けた。
作品に女優の出演が少ない事でも有名。刑務所の話である『ロンゲストヤード』はもちろん、『北国の帝王』では男の友情の話、『合衆国最後の日』には大統領夫人は出てこない、『飛べフェニックス』はスチワーデスも女性乗客もいない。その悪口が聞こえたのか遺作となった『カリフォルニア・ドールズ』は女子プロレスラーの物語(ミミ萩原とジャンボ堀がレスラー役で出演)。アルトリッチ自身には子供もおりゲイの噂は無い、男同士の極限状態での鬼気迫る演出を最も得意とするためである。
初期の『攻撃』(原題、アタック)は、スピルバーグの「プライベート・ライアン」に大きく影響を与えたと言われている、しかし脚本の出来は『攻撃』の方が明らかに上で戦争映画史に残る傑作と言われる。
1983年、死去。
創刊以来ライバル関係にあるフランスの二大映画批評誌「カイエ・デュ・シネマ」「ポジティフ」双方から支持された数少ない映画監督である。