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ハーシェルは後半生に土星の2個の衛星、ミマスとエンケラドゥスを発見し、天王星の衛星チタニアとオベロンも発見している。これらの衛星の名前はハーシェル自身によってではなく、息子のジョン・ハーシェルによってウィリアムの死後の1847年と1852年にそれぞれ命名された。
ハーシェルは星雲の大規模なカタログを編纂する仕事にも取り組んだ。また、二重星の研究も続け、二重星の多くがそれまで考えられていたような見かけの二重星ではなく、実際に連星であることを最初に発見した。このことは、天体のケプラー運動が太陽系外でも成立していることを示唆した先がけであった。
恒星の固有運動の研究から、ハーシェルは我々の太陽系が宇宙空間の中を運動していることに初めて気づき、その運動のおよその方向を求めた。また、天の川の構造を研究し、天の川を構成する星々が円盤状に分布することを明らかにした。天の川を直径約6,000光年、厚み6,000光年とし、太陽がほぼ中心に位置していると考えた。
ハーシェルはまた「星のような」を意味する asteroid という語を発明した(これはギリシャ語の asteroeides に由来し、aster は「星」、-eidos は「形」を意味する)。1802年に惑星の衛星や小惑星が恒星に似た点光源的な様態を示すことを表す際にこの語を用いた(これに対して惑星は全て円盤状に見える)。この年の3月にはハインリヒ・オルバースが歴史上2個目の小惑星であるパラスを発見している。
ハーシェルは数多くの重要な科学的発見を行なったが、反面、荒唐無稽な推測も嫌うことがなかった。ハーシェルは、全ての惑星、さらには太陽にすら生命が存在すると考えていた。太陽は低温の固い表面を持ち、不透明な雲の層がこの表面を高温の大気から守っているとし、この奇妙な環境に適応した様々な生物種がその上に生息すると考えていた。