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3.特記
- 国際プロ離脱→新日本参戦という事件は、その後の日本プロレス史に大きな影響を及ぼした。小林の離脱がきっかけで国際は迷走をはじめ、果ては倒産を迎えることになる(小林が2度にわたって猪木に敗れたことも、国際のイメージダウンに加担してしまった)。また猪木-小林戦は史上初の日本人トップレスラー同士の対戦となり(力道山-木村政彦戦以来、久々という言い方も出来る)、興行の目玉が日本人と外国人の戦いから、日本人レスラー同士の戦いにシフトするきっかけともなった。また1974年3月の一戦は東京スポーツ認定プロレス大賞「ベストバウト賞」の第1回受賞試合となっている。
- 一部資料には1944年1月15日生まれ、という説明があるが、これは覆面太郎としての仮のプロフィールであり、実際は冒頭表記の出生日である。
- 顔の特徴など、猪木と風貌がよく似ており、「ニセ兄弟タッグ」として海外遠征を行うという案もあったらしい(ジョージ高野が間違えて挨拶したのは有名)。
- ビートたけし出演のバラエティ番組で、事前の打ち合わせもないまま落とし穴に落ちた事で怪我をしてしまい、プロレス時代から悩んでいた腰痛もあって、後遺症に苦しんでいたと言われる。一説に、責任を感じたビートたけしが経済的なサポートをしたという話もあるが、真偽は不明。
- スタン・ハンセンが自著の中で「小林は技はボディスラムだけは容易にかけさせてくれた、そのときに股間を握るクセがある、あまり強く叩きつけると次からは股間を強く握ってくる、人間誰しも股間を握られると力が抜けるものでそういう意味では理にかなって(?)いる」(抜粋)と記したことがあるなど、ゲイではないかという噂が一部に存在する。ハンセンの証言が小林がゲイであるかどうかの証拠とはなりえないが、試合中に相手の股間を握っていたという事実はあったようである。
(出典:Wikipedia)