ランキングモンスター
5.歴史
5.12.高速運転
沿線の人口が少ないため、同線は都市間輸送に注力するしかなく、天神橋 - 大宮間を34分で結ぶ超特急などといった高速運転を行う列車を集中的に走らせることにした。その代わりに京阪本線では速達列車を設定せず急行や普通を増発することにして都市間輸送と沿線輸送を棲み分ける運用にした。その速さは同社の保有するデイ100形電車による速達列車が当時の鉄道省線で最速の特急列車「つばめ」を抜いたと言う逸話が残るほどであった(阪急100形電車も参照のこと)。
また、1937年に国鉄東海道本線京都 - 吹田間の電化が完成(吹田 - 須磨間は1934年に完成)し、京阪間をノンストップの36分で結ぶ急行電車(急電)が走るようになると、京阪では両線ともに列車の本数を増やし、運賃の値下げまで行うなどして対抗した。さらに1934年からは、天神橋 - 大宮間運転の列車のほか、同列車と淡路駅で解結を行うことにして、阪急線と接続させるため十三駅を発着駅にする列車も設定した。
(出典:Wikipedia)
ランキングモンスタートップ>阪急京都本線>高速運転