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5.歴史
5.9.建設の経緯
京阪電気鉄道は、大阪 - 京都間に現在京阪本線となっている路線を1910年には開業させていた。しかし、これはアメリカのインターアーバンに準ずる路面電車を発展させた形の都市間電車で、既にあった沿線の市街地を縫うように敷設されたため、曲線が多く、高速運転には向いていなかった。同様な路線として、阪神電気鉄道が1908年に開業させた阪神本線があり、どちらも「株式会社」をもじり「カーブ式会社」と皮肉られた。
しかし、1920年に阪神急行電鉄(阪急)が阪神本線に並行して神戸線を敷設した。これは人口の少ない山添いルートを一直線に走り抜けるもので、高速運転が可能な線形だった。この結果、阪神と阪急の両社はこれ以降熾烈な乗客競争を繰り広げることになった。この様子を阪急の免許申請時から見ていた京阪電気鉄道では、自社の路線においてもそのような事態になることを避けるため、おりしも電気鉄道の敷設がブームであり、淀川の北側(西岸)の人口過疎地域に阪急神戸線と同じような高速運転可能な路線の敷設出願が各社から出されたのに対し、自社線の防衛に主眼を置いて出願を行った。また当時、国鉄の運営と私鉄の管轄を担っていた鉄道省も阪神間のような熾烈な競争になることを憂慮していた。結果として京阪に免許が与えられ、新線の建設に当たることとなった。
(出典:Wikipedia)
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