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2.子孫
家督は長男の井伊直勝が継いだが、病弱であったため、家康の命により、直勝は隠居して直勝の弟・井伊直孝が家督を継ぐこととなり、直孝の子孫が彦根藩主を継承することとなる。直勝の子孫は、安中藩主→西尾藩主→掛川藩主→与板藩主として存続した。
直政の死後、佐和山城を廃して彦根城を築き、彦根藩18万石から大坂の陣の後に5万石ずつ加増されて彦根藩35万石の大大名となった直政の子孫は、譜代大名の筆頭として幕政に重きをなし、江戸時代264年間を通じて井伊直弼など5名の大老を輩出した(直孝が大老になったかどうかは賛否両論ある)。しかし、直弼が安政6年(1859年)に安政の大獄を起こし、その後、安政7年(1860年)の桜田門外の変で暗殺された後、10万石の減封を受け、徳川氏から冷遇されるようになった。
その後、戊辰戦争では最初は旧幕府軍の先鋒を務めたが、戦いの最中に新政府軍に寝返った。この時、井伊隊に属していた兵の全員が井伊氏の象徴とも言える井伊の赤備えの兜や鎧を始めとする全ての装備品を脱ぎ捨てたという。明治時代になると、伯爵となり、華族に列した。
(出典:Wikipedia)