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阪神高速道路神戸線の倒壊は、震災の甚大な被害を象徴するものとして世界中の新聞の一面に大きく掲載された。1989年のロマ・プリータ地震(サンフランシスコ)、1994年のノースリッジ地震(ロサンゼルス)など、世界では倒壊した高速道路の例があったが、当時、日本の高速道路・高架道路は安全であると一部で誤解があった。実際には危険を察知して建築基準法が改正されていた。海外での高速道路の倒壊も縦揺れに弱い構造であったため、それらを教訓として生かされていなかったことが大きな被害へといたったことになる。「倒壊した高速道路が、倒壊する寸前に波打っていた」という目撃談話が報道番組において報じられている。前述の神戸市東灘区深江地区においての高速道路の倒壊は、手抜き工事が原因とみられている例でもある。山陽新幹線においても橋脚の倒壊と倒壊箇所の調査から手抜き工事の痕跡が見つかっている。
高速道路においては、橋脚と道路面の接合部分が地震によって破壊されたことも確認された。そのため、「柱の上にただ乗っかっている板」のような状態になり、耐震性はほぼゼロになったと考えられる。崩落した高速道路と、かろうじて残った部分との境に取り残された高速バスの写真が印象深いが、その部分ではこの事象が発生していたと考えられる<ref>2008年8月放送「衝撃の瞬間~神戸を襲った大震災」(ナショナルジオグラフィックチャンネル)より</ref>。
また、その先は500メートルにわたり高速道路が倒れる事態が起きていたが、これは鉄骨の設計ミスによるものと考えられている。橋脚には、3本の鉄骨が組み込まれていたが、うち2本が地上と道路とをつないでいたが、残りの1本は地上から1.5メートルの部分までしか組み込まれていなかった。この境目で強度がなかったことが、高速道路が倒れる原因となったとみられている<ref>上記同様</ref>。
一方、地下の神戸高速鉄道東西線の大開駅が崩壊したために、その上の国道28号において陥没が発生した。直後の交通規制などが迅速に行われずに国道43号・国道2号・山手幹線などの神戸方面に至る主要幹線道路において大規模な渋滞が発生した(規制をしなかった理由としては、この時の警察の方針が倒壊家屋などからの人命救助を優先していたためである)。
また高速道路と同様、当時「地下鉄道は地震に強い」という風潮があったが、大開駅周辺は軟弱地盤かつ開削工法であったために、震動に揺さぶられて中間柱が崩壊したと考えられている。
被災地区を運行する鉄道路線のうち、最も南を走行する阪神電気鉄道本線は主に、東灘区から灘区における高架構造である区間に大きな被害を受けている。
- 御影駅西方の留置線の車輌が横転して大きく損壊した。石屋川車庫も崩壊して地震の発生が早朝であったために前夜から留置されていた多数の車輌が崩壊に巻き込まれて損傷した。これは、この高架構造の区間が高度経済成長期の1967年に竣工した物件であり、耐震構造が十分ではなかったことが原因の一つとして指摘されている。
- また、この区間においては、数箇所におよんで道路をまたぐ鉄橋が落下して南北にいたる道路が遮断された。その後、日本各地の橋梁において落下を防止するための補強工事が行われる契機ともなっている。
- 三宮付近の地下区間で運行中に被災した車輌と合わせて、41輌もの車輌が廃棄され、一度、車庫自体を全て解体撤去した後に、工事を翌年までかけて再建せざるを得なかった。
同じ高架構造の駅舎であるホームに電車を留置した状態であった阪急伊丹線伊丹駅や東海道本線(JR神戸線)六甲道駅の崩壊した映像は、阪神高速道路が倒壊した映像と共にこの震災を象徴することとなった。
収益源である神戸港も被害を受けて多くの埠頭の使用が不可能となった。また、神戸市中央区のポートアイランドや東灘区の六甲アイランド、芦屋市の芦屋浜、尼崎市の築地地区など埋め立て地を中心に地面が軟弱化する液状化現象が見られた。このために、海からの支援なども難しい状態となってしまった。
当時、建設中であった明石海峡大橋は、地震による直接的な被害は無かったものの、全長が1m伸びるという事態が発生した。大橋の淡路側の山上にフランス革命200周年記念事業に、日仏友好モニュメントが建設予定であったが休止されている。
都心部にある神戸市役所は、第2庁舎の6階部分が潰れている。当時、須磨区にあったラジオ関西の本社も被災し、敷地内の仮設スタジオに移転したのち1996年6月に現在のハーバーランドへと移転した。
また、神戸新聞本社が置かれていた三宮の神戸新聞会館も同じく被害に遭って本社を西区の制作センター(印刷工場)に仮移転するとともに編集業務はダイヤニッセイビル(ハーバーランド)で仮構築し、1996年7月に神戸情報文化ビルへと正式に移転する。ただし、新本社への移転は震災以前からの既定方針で、同ビルも建設中だった。