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12.観光
12.9.名所・旧跡
- 鹿児島城:島津氏77万石の居城、別名「鶴丸城」。館造りで天守閣はなかった。現在は石垣と堀の一部が残る。
- 仙巌園(磯庭園):明治時代は島津家の本邸となっており、桜島を庭園の一部に取り入れた「借景庭園」となっている。
- 尚古集成館:薩英戦争後に集成館事業で建てられた日本初の洋式石造建築物。現在は当時の殖産興業の数々と島津氏800年の展示資料がある。薩摩藩の近代化遺産として2006年、世界遺産の文化庁公募に応募している。
- 異人館:薩摩藩時代に外国人技師の宿泊所として造られた。
- 照国神社:薩摩藩の名君島津斉彬公が祀られている。
- 南洲神社:下竜尾町。西郷隆盛他、西南戦争の戦死者が祀られている。
- 花尾神社:花尾町。丹後局が祀られている。
- 城山公園:頂上は展望台、途中の道筋には西郷隆盛が西南戦争終結前の最期を過ごした「西郷洞窟」などの史跡がある。城山は永年、地元では神聖なる場とされ、一部を除き人の手が加わる事がなかったため、鹿児島市で唯一の原生林や手付かずの自然が多く残っている。
- 私学校跡:現存している石積の外塀には西南戦争の城山総攻撃時に出来た生々しい弾痕が多数見られる。 敷地は独立行政法人国立病院機構鹿児島医療センターとして利用されている。
- 若き薩摩の群像:幕末に英国に密航した青年薩摩藩士たちの勇気と功績を称える銅像。JR鹿児島中央駅前の広場に建つ。
- 西郷隆盛銅像:市立美術館の近く、国道10号沿い。陸軍大将の正装姿。
- 大久保利通銅像:甲突川沿いの高見橋(鹿児島中央駅近く)のたもとにある。
- 五代友厚銅像:幕末の薩摩藩士で大阪商工会議所初代会頭。朝日通り、国道58号沿いの泉公園の一角建つ。
- 小松清廉像:鹿児島県文化センター(宝山ホール)前に立つ。幕末の薩摩藩士で薩摩人には珍しく理知的かつ現実主義で非常に冷静な人物だったといわれる。像の姿は二条城内で徳川慶喜に対して大政奉還の書面に署名するように迫っている様とのことである。
- 道路開鑿記念碑:『県内の道路網建設の苦闘を後世の人々に申し伝える記念碑』国道225、3、10号基点近くの鹿児島市山下町の中央公園(テンパーク)近くにある。
- 平田靱負銅像:薩摩藩の悲劇の家老、江戸幕府の命により難航を極めた木曽川治水工事(堤の造営、宝暦治水事件)を指揮を執る。国道3号沿いの平之町の平田公園に建つ。なお岩崎谷(城山町)には薩摩義士碑文があり平田靫負を含む犠牲になった多く薩摩藩士が奉られている。同所の常夜灯の碑文には東郷平八郎により「義烈泣鬼神(ぎれつきしんもなく)」と書かれている。
- 向田邦子住居跡:平之町。幼少期に東邦生命鹿児島支社長として赴任した父の転勤に従って数年過ごした場所で当時の社宅跡、小説「父への詫び状」等で描かれ、ここでの生活はその後の人生に終生影響を与える。
- 『坂本竜馬、おりょうの新婚旅行の碑』:与次郎の天保山公園の近くにあり碑文の袂に竜馬とおりょうの旅姿の小さなレリーフ。新撰組に追われ、小松帯刀の支援で薩摩へ逃避行し怪我が癒えるまで滞在。その際、竜馬と恋女房のおりょうは、有名な霧島温泉への湯治以外にも薩摩藩の領内を何ヶ所か物見遊山した。これが『日本初のハネムーン』だといわれる。ちなみに開聞岳の異名「薩摩富士」も遊山の折に竜馬が命名したと伝えられている。
(出典:Wikipedia)
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