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大韓航空機爆破事件-金賢姫のその後について調べるならランキング★モンスターで簡単チェック!!
1.事件のその後
1.2.金賢姫のその後

金賢姫は韓国における1年間の取調べの後、「トランジスターラジオにセットした時限爆弾で858便を爆破した」と認定され、韓国の国家保安法、航空法、航空機運航安全法違反で1989年2月3日起訴された。韓国の裁判所は一・二審とも死刑判決を下し、1990年3月27日に確定した。しかし韓国大統領は「事件の生き証人」という政治的な配慮から、事件遺族の抗議の中、4月12日に特赦した。また5月には内外の記者との会見が行われ、自己批判と北朝鮮の体制批判をした。この時に飛び出した話の一つが前述の「李恩恵」の話であった。その後、1997年に韓国国家安全企画部(現・国家情報院)部員と結婚し子供も授かったほか、自伝も出版した。なお肉親の両親と弟妹の消息は不明(強制収容所にいるという説がある)である。日本では元死刑囚ないし元工作員という呼称がつけられて報道されている。

1997年以降は公式の場から姿を消していたが、これは韓国の盧武鉉など革新政権が北朝鮮に融和的な政策を取っており、金賢姫の存在を目立たなくするための措置との指摘<ref>朝日新聞 2009年3月12日</ref>もある。2004年12月、ソウルの検察当局は訴訟を受けて、事件関連記録のうち個人情報関係を除く全てについて公開を決定した。これは後に金賢姫は北朝鮮の工作員として関与した事件を否定するようにとの当時の韓国政府からの圧力だったと主張している<ref>中央日報 2009年3月11日社説</ref>。

2008年には実行犯である金賢姫が当時の政権によって捏造されたとする説に対して知人あての手紙を通じて反論している。この手紙は北韓民主化フォーラム李東馥代表の手に渡り、11月25日に自身のホームページで内容を公開した。それによれば、金賢姫は2003年にある報道番組への出演を要請されたが、当時は盧武鉉政権下で国家情報院といった政府機関やマスコミが事件捏造説を盛り上げていたこと、前述の番組を放送するテレビ局が政権寄りだったことから、出演すれば事件に関して偽証していると仕立て上げられることを警戒し、出演を拒否したこと、さらに番組への出演を断ったためか非公開のはずの自宅にマスコミが押しかけるなど嫌がらせを受けたと主張している<ref>金賢姫元死刑囚、大韓機爆破事件の捏造説に手紙で反論 読売新聞、2008-11-26閲覧。</ref>。

2009年3月11日に韓国の釜山で田口八重子の兄と実子と会談したが、この場において金は「大韓航空機爆破事件は私がやったことだ。北朝鮮によるテロに間違いない」とした後に、一部から出ている捏造説を残念だと一蹴した。また「盧武鉉前政権時代に、情報機関の国家情報院に、捏造説を認めるよう強いられていた」という趣旨の発言<ref>【社説】国情院「大韓航空機爆破ねつ造説」に介入したか 中央日報 2009年3月12日、2009年3月13日閲覧</ref>をして、捏造であったことを認めるように迫られたと主張している。

なお、金賢姫は現在に至るまで大韓航空機爆破事件の犠牲者遺族と対話したことはない。そのため、日本人拉致被害者との会談するにあたり、遺族会が韓国政府に金が事件の遺族に会わないことを非難する申し入れをしたという<ref>朝日新聞 2009年3月12日</ref>。

(出典:Wikipedia)

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