杉野 次房 (すぎの つぎふさ (十平次 じゅうへいじ)、 延宝4年(1676年) - 元禄15年2月4日(1703年3月20日))は赤穂浪士四十七士の一人。赤穂藩では8両3人扶持しか支給されなかったが、資産家萩原家の一族であったため裕福で知られていた赤穂浪士。