咸宜園(かんぎえん)は、江戸時代の先哲・広瀬淡窓によって、天領であった豊後国日田郡堀田村(現大分県日田市)に文化2年(1805年)に創立された全寮制の私塾。「咸宜」とは「みなよろし」の意味。天領でもあることから、武士だけでなく、どんな身分でも、男女を問わず受け入れるということでこう名づけられた。