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ロシア内戦のまとめ
ロシア内戦(ろしあないせん;に強く考慮し「旧ロシア帝国領とその周辺」という扱いとするが、日本語出版物等にはソ連あるいは現代ロシア右派的な視点から書かれているものも多く、ロシア内戦すなわちロシアの国内戦(つまり、「ウクライナやカフカース等は国内問題」)と捉えているものも少なくはない。これは、ソ連時代に日本に齎された情報がソ連経由のものであったり、また世界的にもソ連主流派の研究が権威となっていたことに起因する問題である。そのため、古い時代の書籍のみならず現代日本の記述でも必然的にソ連的な(結果として現代ロシア右派的な)視点で歴史概説がなされる傾向が依然として強いということは否めない。</ref>
1917年のロシア革命後に成立したボリシェヴィキ政府は、1918年3月にドイツとブレスト=リトフスク条約を締結した。この講和条約はロシア連邦共和国にとって苦渋の選択だった。2月に開始されたドイツ軍の進撃を食い止めることができなかったボリシェヴィキは、現在のバルト三国、ベラルーシ、ウクライナにあたる広大な領域をドイツに割譲しなければならなかった。
ロシアに極めて厳しい条件を課したこの条約に刺激され、ロシアの内外で反ボリシェヴィキ運動が活発化し始めた。このようにして発生した内戦の多くは1920年までに終結したが、1922年に至るまで大規模な反乱・蜂起が散発している。シベリア沿海州における白軍政権の崩壊をもって内戦は終結した。
ソビエト連邦の歴史学では、慣習的にロシアという言葉を用いず、1917年から1922年にかけての内乱、国内線、諸外国による軍事干渉といった用語を用いていた。これは、舞台となった地域の大半がその後ソ連領となったこと、ポーランド・ソ連戦争やウクライナにおける民族運動、バスマチ運動、中央アジアにおける列強の干渉を含む為である。