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リチャード・ウェルズリーのまとめ
リチャード・ウェルズリー(Richard Colley Wellesley, 1st Marquis Wellesley, 1760年6月20日 - 1842年9月26日)は、イギリスの外交官、政治家。初代ウェルズリー侯。ウェリントン公アーサー・ウェルズリーの兄。モーニントン伯爵家の出身。
オックスフォード大学に学ぶ。1781年父の死によりモーニントン伯となり、アイルランド上院議員となる。1793年、インド問題管理委員会の委員となり、1797年インド総督となる。
当時はナポレオン1世のインド攻略が噂されていたほどで、フランスのインド干渉が露骨におこなわれていた。彼は前任者までの不干渉主義をやめ、フランスと手を組むイスラム勢力のいたマイソール地方にニザーム・アリーらとの同盟軍を当たらせ、1798年イスラム勢力ティープーを制圧。マイソール地方を分割してその海岸地域一帯を確保した。1801年にはカルナティックを占領した。また、マラータ勢力打倒のため1803年から1805年まで第二次マラータ戦争を起こし、インド中央部まで進出することに成功したが、本国政府のマラータ不干渉政策により、所期の目的を達することができなかった。彼の積極的な領土拡大政策は東インド会社理事会からも避難を浴びた。彼は数回辞表を提出したが、1805年まで受理されなかった。
1807年に、ジョージ3世からポートランド内閣に入閣を勧められたが、当時議会で彼のインド政策に反対する声が大きかったので、結局辞退した。1809年にスペイン大使となる。同年、パーシヴァル内閣で外務大臣となるが、1812年3月に退官し、1821年まで政治から離れていた。
1821年、アイルランド総督に就任。かねてから関心を持っていたカトリック解放運動の解決が大いに期待されたものの、実現しなかった。1833年総督に再任。1835年に侍従長となった。