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ヌーベルフランスのまとめ
ヌーベルフランス(またはニューフランス。仏: Nouvelle-France、英: New France)は、17世紀から18世紀にかけての北米大陸におけるフランス植民地。当初はセントローレンス川流域、ニューファンドランド島、アカディア(現ノバスコシア)だけであったが、次第に五大湖周辺や歴史的ルイジアナにも拡大した。
1524年にフランス王のためにセントローレンス湾を探検したイタリア人が1529年作成の地図で「ガリア・ノヴァ」(Gallia Nova、ラテン語で「新たなるガリア」の意)と命名したのに始まる。1534年にはジャック・カルティエがガスペ半島の東端に高さ30フィート(約9メートル)の十字架を立て、フランソワ1世のためにヌーベルフランス領有を宣言した。
)を建設した。 1627年フランスはヌーベルフランス会社(Compagnie de la Nouvelle-France)を設立、カナダでも毛皮交易や入植を始めたが、植民地経営はなかなか進展しなかったため、1663年ルイ14世は会社を解散させて王領とし、総督と軍隊を送り込んだ。これによって入植は拡大し、ヌーベルフランスは五大湖周辺からミシシッピ川流域にまで拡大、1671年には歴史的ルイジアナ(仏:ラ・ルイジアーヌ)もヌーベルフランスに含まれた。
しかしニューイングランドなどアメリカ東海岸に植民する英国はジョージ王戦争でアカディアを占領し、1689年のライスワイク条約でフランスはニューファンドランドを失った。さらにフランスはユトレヒト条約でブルトン岬島を除くアカディアを喪失した。フレンチ・インディアン戦争で英軍はケベック・シティやモントリオールを占領し、1763年のパリ条約でフランスはミシシッピ川以東のヌーベルフランスを英国に割譲、サンピエール島とミクロン島及びニューファンドランド島沖の漁業権のみがフランスに残された。