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ジョン・アイアランドのまとめ
ジョン・ニコルソン・アイアランド(John Nicholson Ireland, 1879年8月13日 – 1962年6月12日)はイギリスの作曲家。スコットランド系。マンチェスター市オールトリンカム近郊バウデンの出身。
14歳で王立音楽大学に入学するも、その直後に両親に先立たれる。ピアノとオルガンを修める傍らチャールズ・ヴィリアーズ・スタンフォードに作曲を師事。その後は自らも母校の教壇に立ち、ジョン・モーランやベンジャミン・ブリテンを指導した(モーランからは尊敬されたが、ブリテンからは殆ど顧みられなかった)。チェルシーの聖ルーク教会の楽長兼オルガニストにも就任している。しばしばチャネル諸島を訪れ、その景観に霊感を受けた。だが第二次世界大戦中はナチス・ドイツ軍による侵攻の直前に島から逃げ出している。1953年に公務から退き、サセックスで余生を送った。
アイアランドは、スタンフォードからドイツ音楽の古典、とりわけベートーヴェンやブラームスの作品について薫陶を受けたが、青年時代にドビュッシーやラヴェルの作風のほか、ストラヴィンスキーやバルトークの初期作品からさえ影響を受けた。これらの影響を通じて、独自の「イギリス印象主義音楽」を繰り広げたため、その頃イギリスで優勢を誇った民謡に依拠する様式よりも、フランス印象主義音楽やロシア象徴主義音楽に近似した、繊細・瀟洒な作風を示している。
他の印象主義の作曲家のように、アイアランドも自由な形式による性格的小品を好み、唯一のピアノ協奏曲を除けば、交響曲や歌劇のような大作は手懸けなかった。いくつかの室内楽曲や、かなりの数のピアノ曲がある。とりわけピアノ曲「聖なる少年 The Holy Boy 」は、さまざまな編曲版を通じて最も有名なアイアランド作品となっている。A.E.ハウスマンやトマス・ハーディ、クリスティーナ・ロセッティ、ジョン・メイスフィールド、ルーパート・ブルックスの詩に作曲された歌曲は、イギリス歌曲への価値ある貢献となっている。聖ルーク教会の任務のために、聖歌やキャロルなど合唱用の宗教曲も手懸けた。なかでも、戦没者追悼式典で歌われるアンセム「大いなる愛 Greater Love 」が名高い。「ダウランド組曲」などの遺作は、門人ジェフリー・ブッシュによって補筆・編曲を通じて親しまれるようになった。