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サファヴィー朝のまとめ

サファヴィー朝(南部で十二イマーム派が住民の大多数を占める状況を導いた。

かつてはアラブテュルクモンゴルなどの異民族の支配を脱して数百年ぶりにイラン人が建設した民族王朝としばしば説明され、十二イマーム派の採用もイラン人の民族意識の高揚によるとの理解が一般的であった。しかし、現実にはサファヴィー朝の勃興はトゥルクマーンと呼ばれるイラン・アゼルバイジャンの一帯に遊牧していたテュルク系遊牧民の軍事力に依っており、初期の国制もセルジューク朝から白羊朝までのイランの諸王朝にみられたのと同様に遊牧民の有力部族が地方の封建領主として実権を握り、ペルシア人の官僚が文官として君主を支えるという体制から外れるものではない。

そもそも、初代君主であるイスマーイール1世自身も祖母をテュルク系王朝白羊朝の英主ウズン・ハサンの妹、母をウズン・ハサンの娘とするきわめてテュルク系の血筋の濃い人物であった。ソ連解体により新たに独立したアゼルバイジャン共和国の歴史学会では、サファヴィー朝をイランを征服したアゼルバイジャン人王朝とみているほどである。この王朝が系統的にいずれの民族に属しているかは、この王朝の性格を考える上ではっきりと規定することは難しいし、規定すること自体はあまり重要ではない。しかし、この王朝が十二イマーム派を採用したことでイラン、アゼルバイジャンなどにシーア派が根付き、これらの地域が他の地域から政治的・文化的に分かれた地域として、イラン国家、アゼルバイジャン国家に繋がる民族意識の基礎が築かれたことは否定できない。

サファヴィー朝の目次
 1.歴史
(出典:Wikipedia)

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