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キルクークのまとめ
キルクーク(كركوك, Kirkuk) はタミーム県に属するイラクの都市。イラク北部の石油工業の中心である。2003年の人口は755,700人(推定)。
キルクーク油田は、1934年にイラク石油会社によって生産開始された。1998年の推定では、100億バレルを越える量が地下に残されている。
パイプラインは、キルクークから出てトルコの地中海岸のジェイハンに達する。このパイプラインは、1991年の湾岸戦争以降のイラクにとって主要な2つの原油輸出ルートのうちの一つだった。国際連合による「石油と食料の交換プログラム」よって、輸出原油の少なくとも50%をトルコを通して輸出するよう義務づけられていたためである。
キルクークは、主にクルド人とトルクメン人が暮らす多民族都市として知られていたが、1980年代にサッダーム・フセインのアラブ化政策にともない、クルド人やトルクメン人は郊外の村々に強制的に移住させられ、都市の住民の大部分はスンナ派アラブ人の労働者となった。
2003年のイラク戦争では、アメリカ軍に支援されたクルド人民兵「ペシュメルガ」によって解放された。
サッダーム政権崩壊後は、クルド人主体の治安部隊による組織的なアラブ人の追放、殺害、拷問、不当逮捕と言ったアラブ人に対する報復が起き、国際機関等が「民族浄化」に当ると非難した。
クルド人側は、キルクークはクルディスタン南部に含まれると主張し、キルクークをクルディスタン地域に組み込むためにキルクークの住民投票を実施を主張している。このため、キルクークに戻ってくるクルド人も多い。また、クルドの民族主義者は新しい独立クルド国家の首都にするべきだと主張している。しかし、住民投票はアラブ人の反発で実施に至っておらず、石油利権も絡みイラクの深刻な宗派・民族対立問題の一つとなっている。
現在、イラク政府により、旧政権下で同国中・南部からキルクークに移住してきたアラブ人に限り、元に住んでいた場所に帰還するよう促しており、帰還に応じた者には政府から保証金が支払われることになり、現在多くのアラブ人がこれに応じている。